タイの雨季のフルーツと言えば、リンチー(ライチ)です。
英語でlychee(ライチ)、
漢字だと茘枝(レイシ)、
タイ語では「リンチー」といいます。
今回は、「リンチー」についての基礎知識を、ざっくりとまとめてみました。
(今回の記事は、2014年『ちゃ~お』293号に掲載された巻頭記事を加筆修正したものです。)
リンチーの旬は6月
リンチーは、タイの雨季を代表するフルーツの1つです。
リンチーの旬は、例年6月~7月頃ですが、リンチーが流通する期間は、ほんの2~3週間と非常に短く、
「そろそろ出回り始めたかな」と思った頃にはなくなってしまう、まさにマボロシのフルーツです。
リンチーは寒さを好むため、栽培はもっぱら北タイがメインで、
チェンラーイ県、パヤオ県、チェンマイ県のファーン郡など、北タイの中でも更に北寄りの地域で栽培されています。
リンチーは、かの「楊貴妃」がこよなく愛したと言われており、
白い果実の独特の甘味と酸味、なめらかが舌触りが特徴的です。
今回は、そんなリンチーの品種や収穫の様子などを見ていきたいと思います。
リンチーの品種名は?
まずは、名称について。
英語の「lychee」のカタカナ読みの「ライチ」、
または漢字の「茘枝」の音読み「レイシ」、
日本では、両方の呼び名が使われていますが、ここでは、タイ語の「リンチー」で統一しておきます。
現在、タイの市場では、リンチーの品種は主に「4つ」が流通しています。
「ゴワンジャオ種」
「オウヒヤ種」
「ジャカパット種」
そして、「ホンホエイ種」です。
1、ホンホエイ種
最も多いのは「ホンホエイ種」で、生産量全体の8割以上を占めています。
そのため、市場のリンチーで特に品種名の記載がない場合は、
だいたいこのホンホエイ種だと思って差し支えないでしょう。
実は丸く、皮はピンク色で、味、果汁、果肉量、いずれも最もスタンダードな品質です。
価格は、1kg35~50B程度。
2、ゴヮンジャオ種
次に、ホンホエイ種によく似た「ゴワンジャオ種」。
しかし、我々素人には違いはほとんど分かりません。
ゴワンジャオ種は、ホンホエイ種同様、実が丸く、ホンホエイ種よりも果汁と果肉が多いです。
値段もホンホエイ種より高く、1kg50~70B程度。
3、オウヒア種
次は「オウヒア種」。
オウヒア種は、1kg70B以上もする高級品種です。
実の上が太く下がすぼんでいるため、ハート型のように見えます。
果汁は濃厚で甘く、可食部となる実が多いです。
また、このオウヒヤと同じくらいのグレードで、「ギムジェン種」というのもあります。
4、ジャカパット種
4つめは、最高級品種の「ジャカパット種」。
ジャカパットとは、タイ語で「皇帝」という意味です。
しかし、現在のタイでは、「ジャカパット」と言えば、通常、日本の天皇を指します。
最高級の品種名が「天皇」だというのは、我々日本人にはうれしいことですよね。
ジャカパット種の実は、黒っぽい紫色で、うろこは大きめ。
色・形状・手触りともに、他の品種とはかなり違っています。
実の大きさも3~4cmと、リンチーの中で最大級です。
味も、甘味の他にほのかな酸味があり、高級感があります。
これがなんと、1kg90B。
スタンダードのホンホエイ種に比べると、値段は3倍です。
品種名の由来は?
これらリンチーの品種名は、ジャカパット以外は、どこか中国語っぽい響きがあります。
最もポピュラーな品種である「ホンホエイ」などは、いかにも中国語ですよね。
ホンホエイの語源は何だろう?と思い、知り合いの中国人に聞いてみたところ、、
「おそらく漢字は、『皇后』ではないか」
という回答でした。
なるほど、楊貴妃の故事もあるし、そうかもしれません。
また、最近では、「タイショー種」という品種が新たに開発されているそうです。
タイショーとはもちろん、日本語の「大将」。
ホンホエイ(皇后)といい、ジャカパット(皇帝)といい、タイショー(大将)といい、
リンチーの品種名は、クシャトリヤ(王族・武家カースト)っぽい名前が好まれるようです。
リンチーはまさに、フルーツ界のクシャトリヤ(王族)ですね!
メーチャン郡の広大なリンチー農園
今回取材をさせていただいたのは、チェンラーイ県メーチャン郡、メーカム地区でリンチー栽培を営むウェーンさん。
チェンラーイ県の品評会で金賞を受賞したこともある、県内を代表するリンチー農家です。
ウェーンさんは農園の2代目で、先代であるお父さんが自宅の広大な土地にリンチーの木を植え、
息子のウェーンさんがそれらを受け継ぎました。
農園内の木は、ほとんどが樹齢20年以上で、ウェーンさんの小さいころまたは生まれる前に植えられたものばかり。
ウェーンさんいわく、「一代限りの果樹園というのは、現実的でないばかりか、ムダが多い」と言います。
自分が木を植え、収穫がようやく安定しても、経営が軌道に乗り出したころには自分の働き盛りが終わってしまうからです。
ウェーンさんの農園も、先代の仕事はもっぱら木の育成で、実質的な経営はウェーンさんの代になってからから始まりました。
そのため現在地区内でリンチー園を営んでいるのは、みな2代目3代目で、
「リンチーをゼロから始めた」という人はいませんでした。
リンチー園は、何十年、何代にもわたって取り組む、気の長い仕事なのです。
逆に言えば、「にわか」のビジネスマンがフルーツ栽培に手を出してみたところで、
20年後に跡を継いでくれる人がいなければ、良い果樹園を維持することはできない、ということでもあります。
リンチーが食卓に並ぶまで
では次に、農園の作業風景を、ざっと見てみましょう。
リンチーには、「高温多湿の夏」と「0~10℃程度の冬」という2つの生育条件があり、
夏の暑さと冬の寒さの両方が必要です。
厳冬すぎると生きられず、暖冬だと花がつきにくくなってしまう、非常にデリケートな作物なのです。
このため、タイ国内でも特に冬が寒い北タイの上部、
「チェンラーイ~パヤオ~チェンマイ県ファーン郡」
にかけてのエリアが、リンチー栽培には最適と言われています。
リンチー農家の1年
リンチー農家の1年は、12月がスタート。
北タイの12月、0~10℃の厳しい冬を経験した木々が、花をつけ始めます。
リンチーには、前述のように多くの品種がありますが、
品種ごとに、好む冬の温度が違います。
最高級品種のジャカパット種は、冬の温度が0℃に近ければ近いほど多くの花をつけるため、暖冬であれば収穫が下がります。
一方、最もポピュラーな品種であるホンホエイ種は、10℃前後の冬でも十分実をつけてくれます。
つまり、品種ごとの価格は、どれだけ条件が厳しいかに比例している、ということです。
受粉のためにハチが放される
そして4月、花が実をつけ始めます。
すべての花に実が成るわけではないので、地元の養蜂家がリンチー園を回って、受粉を促進するためにハチを放します。
しかし、それでも実をつけない花もあります。
このようにリンチーは、冬の温度と受粉という2つの不確定要素があり、
これらが生産量~流通量を大きく左右するわけです。
高い幹は切ってしまう
5月、激しい蒸し暑さの中で収穫がスタートします。
収穫の際は、ハシゴ職人が高給で雇われます。
竹の両側に足場を打ちつけただけの簡単なハシゴで、手際よく枝を切り、地面に落としていくさまは、まさに職人芸。
女性は、実のついた枝を適当な長さにそろえ、輪ゴムでしばって梱包し、通い箱に詰めていきます。
リンチーの木は、放っておけば高さ10m以上にもなり、収穫作業が大変になるので、
高さは常時3m以下にキープしなければなりません。
そのため、垂直に高くなりすぎた幹は切ってしまいます。
すると、切り株の近くにある枝が、今度は「自分が幹になろう」と太く長く生長し、
こうして数本の幹が全方向にバランスよく広がっていきます。
つまり、すべての枝が、幹になる能力を備えている、ということです。
「部分が全体の縮図」という、数学のフルクタル図形を思わせる、まさに生命の神秘です。
リンチーは、鮮度が命!
リンチーの最大の泣き所は、
「傷みやすいこと」。
店頭に並べられたリンチーは、2日しか持ちません。
カゴに入れて新聞紙でフタをしても、保存は1週間が限度です。
このため、回転の悪い地方の商店などでは、リンチーは敬遠される傾向にあります。
かの玄宗皇帝の妻である楊貴妃が、リンチーをこよなく愛し、人馬を酷使して華南から都の長安までを八日八晩かけて運ばせた、という故事が残っていますが・・・
2日で傷むリンチーを人馬で運ぶのは、きっと命がけだったことでしょう。
仲買商人の存在
農家はまず、農園で取れたリンチーを「マオ」と呼ばれる買取所に持っていきます。
マオとはタイ語で「請負う」という意味ですが、つまり「小売りを請負う(=仲買する)」ということです。
農家は、よほど磐石なマーケットを持っていない限り、賞味期限の2日以内に自力で完売するのは至難の業だからです。
そのため多くの農家では、取れた実をすぐにマオ(買取所)へ持って行き、とりあえず時価で買い取ってもらいます。
マオ(買取所)の家では、すでに各地からポーカー(商店主・ブローカー)が待機しており、
その日に取れた新鮮なリンチーを今か今かと待っています。
マオのもとに集められたリンチーは、こうしてポーカーに100kg単位で売り渡され、
ポーカーは、すぐに都市部へ持って行って、市場で売ります。
このためリンチーは、収穫後わずか数時間で、地方からは姿を消してしまうわけです。
以上の流通を図示すると、
→マオ(買付所)
→ポーカー(商店主)
→ルーカー(消費者)
と、なります。
消費者にとっては、これらの仲介料が気になるところですが、
「賞味期限が2日」という事情を考えると、マオの存在は不可欠であると言えます。
リンチーが他のフルーツに比べて割高なのは、このためです。
果物産業においては、鮮度はまさに、楊貴妃の時代からの永遠のテーマなのです。
おいしいリンチーの見分け方
リンチーには品定めのためのポイントが数多くあります。
大きさ、皮の色、ムラ、皮のハリ、そして枝のつき具合などです。
皮の表面にあるうろこ状のトゲが硬く、うろこの目が多いもの
↑
こういったものが良品とされています。
また、皮の色のムラをなくすために、収穫前にはホー(紙で実を包む)という工程があります。
暑季の強い日差しを遮ることで、皮の色と実の甘さが均等になるからです。
この包みには、以前は新聞紙が使われていましたが、雨季になると雨水で紙が溶けてしまうため、
近年では撥水性のある油紙が採用されています。
しかし、この油紙は高価で、生産にかかる経費を上げてしまうため、現在この油紙は、農業局からリンチー農家に対して無償で配布されているようです。
リンチーは枝が命!
数あるチェック項目の中でも、枝のつき具合は特に重要で、これは「鮮度」に直結します。
枝が丈夫で付け根が白いものほど、枝からのエネルギー供給が多く、鮮度が高いリンチーです。
枝は、実にとって、いわば最後のエネルギー補給路であるため、枝から切り離された実は、1日も持ちません。
枝が弱く、実の付け根が黒くなっているものは、枝がすでに疲弊していることを示します。
リンチーの量り売りの値段には、枝の重量も含まれているため、
「枝の重量分もお金を払うなんて、もったいない」
と、感じるかもしれませんが、リンチーは鮮度が重要であるため、枝も必要経費なのです。
タネが小さいほうが良い
これらのほかにもう一つ、「タネの小ささ」というポイントがあります。
果実に対してタネが大きすぎると、可食部分がほとんどなくなってしまいます。
しかも、タネは外からは見えないため、タネの大きさを外観から見極めることが、「目利き」の上では重要となります。
リンチー職人が見るのは、リンチーの「ライ(肩)」と呼ばれる部分。
リンチーの実を人体になぞらえ、枝の付け根の周りの果肉を「肩」と呼んでいます。
この「肩」の部分が盛り上がっているものほど、種が小さく、可食部分が多い確率が高いと言われています。
(100%ではない)
まとめると、
②皮のウロコが固めで、
③枝が固くハリがあって、
④肩(付け根部分)の実が盛り上がっている
こういうリンチーを選ぶと、良い実に当たる可能性が高い、と言えそうです。
はい、今回は、リンチーについての基礎知識をざっと見てきました。
リンチーの流通期間は非常に短く、例年7月には、ほとんど完売してしまいます。
「去年はリンチーを食べそこねた!」
という人、今年はぜひ、5月ごろから、タイの市場でリンチーの動きをチェックしておきましょう!